近代建築の巨匠ル・コルビュジエが設計した建築物22選

2015/02/13

こんにちは。
今回は近代建築の巨匠ル・コルビュジエが設計した建築物22選です。

コルビュジエといえば、建築や都市計画はもちろんの事、家具のデザインや絵や詩を書いたり、雑誌の編集等と多才です。
今回は多くの建築家やデザイナーに影響を与え続けているコルビュジエが設計した建築物の紹介をしたいと思います。

ル・コルビュジエとは

ル・コルビュジエ(Le Corbusier、1887年10月6日 – 1965年8月27日)はスイスで生まれ、フランスで主に活躍した建築家。本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ(Charles-Edouard Jeanneret-Gris)。
フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」として位置づけられる(ヴァルター・グロピウスを加えて四大巨匠とみなすこともある)。

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近代建築の巨匠ル・コルビュジエが設計した建築物!

サヴォア邸

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http://takekonbu.fc2web.com/12/274savoye/savoye0.htm

 

20世紀の住宅の最高作品の一つであり、フランスの歴史的建築物に指定されている。1964年、アンドレ・マルロー文化大臣が「サヴォア邸」を民間建築モニュメントに指定し、歴史遺産とした。
サヴォア邸では、ピロティ、屋上庭園、自由な平面、独立骨組みによる水平連続窓、自由な立面からなる近代建築の五原則のすべてが、高い完成度で実現されている。平面の中央には緩やかなスロープが設けられ、1階と2階を連続的に繋いでシークエンスを形成している。もとは別荘としての一般住宅であった。

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コルビュジエの代表作の一つのサヴォア邸です!
反則的な格好良さ!
いつかこんな家に住みたいですね。

 

サヴォア邸のレゴもあります!

 

 

ロンシャンの礼拝堂

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http://www.collinenotredameduhaut.com/

 

日本語では「ロンシャンの礼拝堂」と呼ばれる。しばしばロンシャン教会やロンシャンの教会と呼ばれることもあるが、信徒が所属する小教区(仏: Paroisse、いわゆる教会)ではなく、礼拝堂(仏: Chapelle)である。
元々ロンシャンは巡礼の地であり、中世にこの地に建てられて以来の礼拝堂があったが、第二次世界大戦の際に、ナチス・ドイツの空爆により破壊された。戦後、ロンシャンの人々は再建を願い、アラン・クチュリエ神父の推薦によりル・コルビュジエに設計が依頼され、1950年に設計が始まり、1955年に竣工した。

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こちらもコルビュジエの代表作の一つのロンシャンの礼拝堂です!
変わった形の屋根は蟹の甲羅をイメージして作ったのだとか。
絶対いつか行くぞ!

 

 

 

国立西洋美術館

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http://www.nmwa.go.jp/

 

国立西洋美術館は印象派など19世紀から20世紀前半の絵画・彫刻を中心とする松方コレクションを基として、1959年(昭和34年)に設立された。実業家松方幸次郎は20世紀初めにフランスで多くの美術品を収集したが、コレクションは第2次世界大戦後、フランス政府により敵国資産として差し押さえられていた。松方コレクションが日本に返還される際の条件として、国立西洋美術館が建設されることになった。
本館の設計はル・コルビュジエによるが、彼の弟子である前川國男・坂倉準三・吉阪隆正が実施設計・監理に協力し完成した。なお新館は前川國男(前川國男建築設計事務所)が設計した。
本館は、1998年(平成10年)に旧建設省による公共建築百選に選定。2003年にはDOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築に選定され、2007年(平成19年)には「国立西洋美術館本館」として国の重要文化財に指定された。また、前庭・園地は、2009年(平成21年)に「国立西洋美術館園地」として国の登録記念物(名勝地関係)に登録されている。
現在は松方コレクションに加えてルネサンス期より20世紀初頭までの西洋絵画・彫刻作品の購入を進め、常設展示している。なかでも西洋のオールド・マスター(18世紀以前の画家)たちの作品を見ることができる美術館として、日本有数の存在である。「西美(せいび)」の略称で呼ばれることもある。

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日本で唯一のコルビュジエの作品です!
世界文化遺産の候補になっているようですよ!

 

 

 

ラ・トゥーレット修道院

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http://www.couventdelatourette.fr/

 

1953年に設計が開始され、1956年着工、1960年竣工。
ロンシャンの礼拝堂とならび、ル・コルビュジエ後期の代表的作品といわれ、また建築思潮の上でも後期モダニズムの重要な一作品として位置づけられる。
ロンシャンの自由な曲線を使って丘の頂上に外観を際立たせた造形とは対比的に、丘の斜面に沿うように建つ外観はむしろ禁欲的で垂直と水平の直線だけの矩形としてデザインされており、斜面の力を顕在化させた力強い建築として構成されている。
建築と数学とを学び、後に現代音楽の作曲家として名を挙げたヤニス・クセナキスがコルビュジェの弟子として設計に参画している。

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こちらもコルビュジエの代表作の一つのラ・トゥーレット修道院です!
これも行ってみたいですね!

 

 

 

カプ・マルタンの休暇小屋

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http://www.ems-o.net/zxzhtm/tsuredure/fp/f3/p03.html

 

カップ・マルタンの小屋 (Cabanon de Le Corbusier, Roquebrune-Cap-Martin, 1951) は、地中海に臨むロクブリュヌ=カップ=マルタンに建てられた休暇小屋(カバノン)で、妻イヴォンヌに贈られた。イヴォンヌはカップ=マルタンから5 km 程の場所に位置するマントンの出身で1957年に歿したが、ル・コルビュジエはその後もこの休暇小屋にしばしば立ち寄り、1965年8月に付近での海水浴中に心臓発作で亡くなった。近くにはイヴォンヌの死に接してル・コルビュジエが設計した彼女と自身の墓碑が残る。ル・コルビュジエは、地元のレストラン・オーナーのトマ・ルビュタートのためにいくつかの建物を建てたことと引き換えに、レストランと隣接する土地を提供された。休暇小屋はその土地を利用して建てられた。底辺は3.66 m四方、内部の天井までの高さは2.66 m というコンパクトな丸太小屋であり、その中に様々な家具調度類が配置されている。これは、彼が規定したモデュロールの厳密な適用であると同時に、彼が構想していた「最小限住宅」の実践でもある

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1952年にカップ・マルタンに休暇小屋建てた。
丸太小屋に見えるが合板の上に材を張ったものです。
この休暇小屋は妻イヴォンヌへのバースデイプレゼントだったらしいのです。
できる男は違いますね!

 

 

 

ユニテ・ダビタシオン

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輝く都市に代表されるル・コルビュジエの都市計画案を、集合住宅として垂直方向に実現したともいえる建築作品である。1階はピロティとされるとともに、屋上には屋上庭園が設けられている。全体はモデュロールに基づいて設計されており、側面の開口にはブリーズ・ソレイユ(日除け)が設けられ日差しを調整している。工業化・規格化が試行され、鉄筋コンクリートの骨組みにプレハブ化された住戸をはめ込む構造が採用されている。
ユニテ・ダビタシオンのうちで最も有名なものは、最初に建設されたフランスのマルセイユにあるユニテ・ダビタシオンである。単に「ユニテ・ダビタシオン」といった場合には、マルセイユのユニテ・ダビタシオンを指すこともある。
18階建て、全337戸で、最大約1,600人が暮らすことができる巨大な集合住宅で、1人向けから4人向けまでの23タイプの多様なユニットが立体的に組み合わされている。住戸はメゾネットで、エレベータは3階ごとに停止する。中間階の7階、8階及び屋上には、共用施設が設けられている。7階、8階には、店舗や郵便局等があり、屋上には保育園、体育館、プール等がある。1961年には3階、4階部分の当時空室だった住居を利用してホテルが開業しており、現在でも、一般客が宿泊することができる。
ピロティはマッシブな造形で、プレキャストを多用したコンクリート打ち放しの仕上げも荒々しく、ブルータリズムの傾向が伺える。

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コルビュジエ建築のホテルに泊まれるとか夢のようですね!
下記のリンクがホテルの公式サイトになります!

https://ssl15.ovh.net/~gerardin/hotel/

 

 

 

サン・ピエール教会

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http://www.gizmodo.jp/2013/10/40_15.html

没後41年の2006年にフィルミニ(フランス)にサン・ピエール教会が完成しました。
実施設計を行ったのは、コルビュジエが生きている時代から計画に参加していた、ジョゼ・ウブルリー!
写真では分かりづらいですが、打ちっぱなしのコンクリートに鮮やかな色が塗られています。



レマン湖の小さな家(母の家)

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http://www.fondationlecorbusier.fr/corbuweb/morpheus.aspx?sysName=redirect153&sysLanguage=fr-fr&IrisObjectId=8283&sysParentId=153

 

レマン湖畔の小さな家 (Petite villa au bord du lac Léman, Corseaux, 1923) は、ル・コルビュジエが1923年から1924年にかけて両親のために建てた名前どおりの「小さな家」で、長さは20 m、幅は3 m である。コンパクトな室内で快適に過ごせるように、室内の家具の配置などにも配慮され、来客時にベッドを隠せる間仕切りなども存在している。南側には11 m の開口部があり、横長の窓になっている。これによって、大胆な採光と、そこから見えるレマン湖やアルプス山脈の借景が可能になったが、この窓の存在についてはオーギュスト・ペレとの「窓論争」(1923年)のテーマとなり、合理性や必然性を主張したル・コルビュジエと、水平窓が室内空間にもたらす要素を否定的に捉えたペレが対立した。竣工の数年後に漆喰にひびが入ったが、ル・コルビュジエはむしろ老朽化にどう対応するかの好機と捉え、金属製の波板で覆うなどの補修を行った

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1923年にスイスのレマン湖のほとりに母の為に作った小さな家です!
高齢の母が生活しやすいよう小さくしたのでしょうね。
しかし、動線や縦に長い窓の効果で実際には小さくみえないようです!

 

 

 

クック邸

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http://jetminmin.exblog.jp/7267845/

 

クック邸 (Maison Cook, Boulogne-Billancourt, France, 1926) は、アメリカ人ジャーナリスト、ウィリアム・クック夫妻の依頼でブローニュ=ビヤンクールに建てられた邸宅である。ル・コルビュジエが「近代建築の五原則」を発表したのと同じ1926年に建てられた邸宅で、それらの原則が最初に実現された建物となった。狭い敷地で両側を建物に挟まれている直方体の建物のため、通りから見える面は限定的だが、そこに五原則が集約的に示されている。また、客をもてなすことが想定されていた屋上庭園は、ブローニュの森に面していることから美しい眺望が実現した。

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1926年にフランスのブローニュに建てられたアトリエ兼住宅です!

 

 

 

ギエット邸

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http://residencesineurope.blog49.fc2.com/blog-entry-58.html

 

ギエット邸 (Maison Guiette, Anvers, Région flamande, 1926) は、ベルギーのアントウェルペンで1926年から1927年にかけて、画家ルネ・ギエットの依頼で建てられた邸宅である。せまい敷地の中で建造された3階建ての箱型住宅は、ヴァイセンホフの住宅とともに、シトロアン住宅の構想に比較的忠実に建てられた数少ない例と認識されている。近代建築の五原則の「自由なファサード」の典型とも言われるファサードを持つが、その左右非対称の窓をはじめとするファサードの構成や色彩に関する特徴として、当時のオランダの芸術運動であり、幾何学的抽象芸術を志向するデ・ステイルの影響が指摘されている。ことに色彩については、ル・コルビュジエは唯一の現地訪問の際に詳細に色番号の指定を行うという形で、強いこだわりを見せた。

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こちらも1927年にベルギーのアントウェルペンに建てられたアトリエ兼住宅です!

 

 

 

クルチェット邸

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クルチェット邸 (Maison du Docteur Curutchet, La Plata, 1949) は、アルゼンチンのブエノスアイレス州都ラ・プラタに建てられた邸宅である。依頼者のペドロ・ドミンゴ・クルチェット (Pedro Domingo Curutchet) は外科医であり、邸宅は住居と診療所を兼ねている。ル・コルビュジエの建築は世界各地に現存するが、南アメリカ大陸で実際に建てられた住宅は、このクルチェット邸が唯一である。アルゼンチンの建築家アマンシオ・ウィリアムス (Amancio Williams) がその建設に大きく寄与し、ウィリアムスの離脱後はサイモン・ウンガース (Simon Ungars) が協力した。住宅密集地の広いとはいえない敷地でアルゼンチンの暑い気候に対応させるため、ブリーズ・ソレイユ(日除け格子)に工夫を凝らし、陰が出来る中庭の周囲に建物をU字型に配置する地元特有のスタイル(ル・コルビュジエはこれを「ソーセージ」と呼んだ)を取り入れた4階建てにするなどの配慮が行なわれている。

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こちらは1949年にアルゼンチンのブエノスアイレス州都ラ・プラタに建てられた個人住宅です!

 

 

 

ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸

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http://www.arch-hiroshima.net/a-map/france/roche.html

 

ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸 (Maisons La Roche et Jeanneret, Paris, 1923) は1923年から1925年に建てられたパリの2世帯住宅で、現在はル・コルビュジエ財団の本部が入っている。晩年のル・コルビュジエは、自分にとって重要だった邸宅として、この建物を挙げていた。依頼主は『レスプリ・ヌーヴォー』誌の支援者でもあった銀行家のラウル・ラ・ロッシュ (Raoul La Roche) と、ル・コルビュジエの実兄にあたる音楽家アルベール・ジャンヌレ (Albert Jeanneret) である。ラ・ロッシュは終始ル・コルビュジエと良好な関係を保った顧客であり、この建物もル・コルビュジエは自由に建設することが出来た。ル・コルビュジエが近代建築の五原則を発表するのは1926年のことだが、この建物ではそれに先立って水平連続窓が実現している。この点は、ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸の重要性として、しばしば指摘されている。
内部では、シトロアン住宅を基調として、吹き抜けのあるホール、緩やかに湾曲した壁面やそれに付随するスロープなど、多彩な空間が展開している。ル・コルビュジエ自身は、こうした空間の多様性を「建築的プロムナード」と呼んでおり、建物の中を歩いて新しい表現の数々を鑑賞することに特色があるとしていた。その一方で、様々な要素を盛り込んだことで、かえって全体としての印象が、部分ごとの印象に比べて不鮮明になっているという指摘もある。

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こちらは1925年にフランスのパリに建てられたの2世帯住宅です!

 

 

 

ヴァイセンホフ・ジードルングの住宅

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ヴァイセンホフ・ジードルングの住宅 (Maisons de la Weissenhof-Siedlung, Stuttgart, 1927) は、ドイツのシュトゥットガルトで1927年に開催されたジードルングの住宅展に出展された住居である。主催者のドイツ工作連盟の責任者ミース・ファン・デル・ローエの希望でル・コルビュジエが招聘され、それに応えて彼は1世帯用と2世帯用の2軒の住宅を建てた。彼は前年に「近代建築の五原則」を打ち出しており、ヴァイセンホフの住宅群にはその要素を見出すことが出来る。彼は空中に浮かんでいるかのような直方体をこの建物で本格的に実現させた。ただし、すぐ後に続くサヴォワ邸(1928年)と異なり、背面に回るとありふれた壁面しか見えなくなる。この点で、同じ「空中の直方体」でも、ほぼどの方向からもそれが強調されるサヴォワ邸とは趣きが異なっている。建設当初、その空中の直方体などに対し、非現実的あるいはロマン的すぎるデザインであるとか、不自然な形態の強要であるといった批判が寄せられた。また、出展された17人の作品のうち、単位面積あたりの建築費が最高額となった点も、想定する顧客の社会層の点で批判された。

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こちらは1927年にドイツのシュツットガルトに建てられた個人住宅です!

 

 

 

救世軍難民院

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http://kamibans.exblog.jp/11232216

 

救世軍難民院 (Cité de Refuge de l’Armée du Salut, Paris, France, 1929) はパリの救世軍の依頼で建てられた3棟の建物のひとつで、本部にあたる。この建物には、生活困難者の社会復帰のための宿泊施設が含まれている。巨大な箱型の建物だが、入り口部分で様々な形状を組み合わせてアクセントにしている。また、建設当初の壁面は平板なガラス張りの表情を持っていた。それらは南向きの大きな窓であり、暑さ対策として二重窓にして、その隙間の空調に配慮することになっていた。しかし、建設費の高騰などの結果、当初設置予定だった中央冷却装置は設置されず、夏場は非常に暑くなった。そのため、1935年に開閉可能な窓に変えられ、第二次世界大戦後にはブリーズ・ソレイユも付けられた。ブリーズ・ソレイユに付いた原色のパネルが、竣工当初とは全く異なるカラフルな表情を生み出した。2009年の推薦時には「集合住宅」に分類されていた。

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こちらは1933年にフランスのパリに建てられた集合住宅です!



スイス学生会館

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http://www.linea.co.jp/info/detail/?iid=131&mo=

 

スイス学生会館 (Pavillon suisse à la Cité internationale, Paris, 1930) は、1930年から1933年にかけてパリの国際大学都市に建てられたスイス人学生向けの学生寮である。スイスの大学当局がこの学生寮をル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレに依頼した背景には、1927年の国際連盟本部建設に関するコンペで、不透明な過程を経てル・コルビュジエが落選となったことを埋め合わせる意図があったともいわれる。学生会館には南側に学生の個室がならぶ住居棟がある。それはピロティによって持ち上げられた透明な直方体という点ではサヴォワ邸と似ているが、その柱が太く重々しいものになっている点で異なっている。当初はサヴォワ邸のような細い柱が並ぶ予定だったが、設計が変更されて現在のようになった。こうした柱の存在は、後年のユニテ・ダビタシオンにつながる萌芽的なものという指摘もある[116]。住居棟は大きなガラス窓が並び、「透明な箱」であることを示すが、サヴォワ邸との違いは個室の奥行きである。広大な敷地に1軒だけ建てたサヴォワ邸と違い、学生会館の個室は相対的に狭く、奥行きも浅い。結果として、広く開けた窓が眩しさに対する苦情につながり、窓ガラスやブラインドの改修が行われた。
もうひとつの特色が、会議室や食堂を含む共用部分1階にある石壁の存在である。その重厚さは大地にどっしりと根を下ろしたかのような印象を与え、住居棟が持つ空中に浮かぶ透明な箱という印象とは対照的である。こうした異質な要素の併置の中に、サヴォワ邸で到達した要素と後年のロンシャンの礼拝堂で具現化する要素の萌芽とが並存しているという見解もある。

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こちらは1932年にフランスのパリに建てられた学生寮です!

 

 

 

ナンジェセール・エ・コリ通りのアパート

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http://www.fondationlecorbusier.fr/corbuweb/morpheus.aspx?sysName=redirect152&sysLanguage=fr-fr&IrisObjectId=8284&sysParentId=152

 

ナンジェセール・エ・コリ通りのアパート(Immeuble locatif à la Porte Molitor, Boulogne-Billancourt, 1931) は、1931年から1934年にかけてパリ近郊のブローニュ=ビヤンクールに建てられた集合住宅である。一番上の2階分にはル・コルビュジエのアトリエと住居があり、生涯を通じた住居となった。外観はスイス学生会館などに類似するが、ブローニュの森に近いという立地から建物には地元の規制が多く加えられ、設計時点での構想に比べると、ファサードに示された創意は限定的になった。また、屋上部分のメゾネット構想が、入居者不足などによる資金難から中止されるなど、法規制以外の要因による変更箇所も存在している。内部については、入居者個人の住環境の向上のためにバス、キッチンなどに加え、セントラルヒーティングや地下ガレージを整備し、使用人の住環境にも配慮した。

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コルビュジエのアトリエ兼自宅です!
こんなアトリエ憧れるわ〜!

 

 

 

コルビュジエ・センター

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チューリッヒのル・コルビュジエセンターは、椅子など家具の商品化を実現させた、
友人ハイディ・ウェバーの依頼により完成しましたが、コルビュジエの遺作になりました。
ハウス内では、絵画やリトグラフを建築の中に展示してあり、総合的にコルビュジエの世界を堪能できます。
夏季の週末だけですが、一般公開されてます。

http://www.linea.co.jp/info/detail/?iid=52&mo=

1967年にスイスのチューリッヒに建てられたコルビュジエ・センター。
行ってみたいな〜!

 

 

 

繊維業会館

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1956年にインドのアーメダバードに建てられた繊維業会館です!

 

 

 

議事堂

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1962年にインドのチャンディーガルに建てられた議事堂です!
インドのチャンディーガルの都市計画を行ったのもコルビュジエ!

 

 

 

高等裁判所

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http://ameblo.jp/happy-traveler-2012/entry-11346191289.html

1955年にインドのチャンディーガルに建てられた高等裁判所です!
インドにはもったいない!

 

 

 

合同庁舎

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http://ameblo.jp/happy-traveler-2012/entry-11346191289.html

1958年にインドのチャンディーガルに建てられた合同庁舎です!
かなり大きな建物で屋上庭園もあります!

 

 

 

合同庁舎

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1958年にインドのチャンディーガルに建てられた美術館です!
なんだか国立西洋美術館によく似ていますね!

 

 

 

ル・コルビュジエ 全作品ガイドブック
ル・コルビュジエ 全作品ガイドブック

 

今回まとめてみて改めてコルビュジエの凄さを再確認しました。
以上で近代建築の巨匠ル・コルビュジエが設計した建築物22選でした。

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